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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)39号 判決 1960年9月27日

主文

原判決中上告人小山泰亮に関する部分のうち原判決別紙目録記載(8)(9)の土地に関する部分を破棄し、右に関する事件を仙台高等裁判所に差し戻す。

上告人小山泰亮のその余の上告を棄却する。

上告人小山ヤスの上告を棄却する。

上告費用中上告人小山ヤスに関する分は同上告人の負担とし、右第二項に関する分は上告人小山泰亮の負担とする。

理由

上告代理人菅原勇の上告理由第一点について。

自作農創設特別措置法三条による農地の買収は同法九条による買収令書の交付によつて効力を生じ同法一二条により右令書に記載した買収時期にその所有権が政府に帰属するものであるから、買収目的地は買収令書において特定されていなければならないこと固よりであるけれども、たとえ買収令書に買収目的地の表示として一筆の土地の一部を単に地積を表示して掲げているに過ぎない場合においても、買収手続当時の事情の下で、右の表示が一筆の土地のうち特定の一部を指すものであることが関係当事者間に疑を容れない程度に看取し得る場合には、これをもつて買収令書において買収目的地が特定されていると解するに妨げがない。かような場合にもなお図面の添付その他の方法により目的地の範囲を余すところなく詳細に掲げないかぎり買収処分はすべて違法となるものとすべきではないこと当裁判所の判例とするところである(昭和三〇年(オ)四一九号同三二年一一月一日第二小法廷判決、集一一巻一二号一八七〇頁)。

されば原判決において所論沖田字畑中五反六畝五歩のうち一反三畝一三歩は控訴人(上告人)泰亮が昭和一七年から小山チカ子に小作させていたもので基準日において小作地であつた事実を認定した上、本件令書には沖田字畑中五反六畝五歩のうち一反三畝一三歩と表示してあり同控訴人は右のとおり右の田のうち一反三畝一三歩を小作させ他にまぎらわしい関係はないから、買収当事者間においてはいうまでもなく、右令書に一反三畝一三歩とあるのは右控訴人が小山チカ子に小作させている範囲の土地を指すものであることは十分わかつていたはずであり、かつその範囲は事実上確定していたのであるから、右のような事実関係のもとにおいてはたとえ令書に買収部分を示す図面などを添付しなくともその特定に欠けるところがないものといわなければならないと判示したのは相当である。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨前段は、証人那須野の証言および甲二号証によれば原判決別表(43)字畑中一七番田一反七畝一四歩は上告人が昭和二〇年一〇月二〇日掛田から一旦返還を受けた上翌二一年二月以後にその内約八畝歩を改めて掛田に貸し付けたもので遡及買収の基準日である昭和二〇年一一月二三日当時は上告人の自作地であつたと認めるべきであるのに、原審が右証拠を採用せず、かえつて乙一号証の二の成立を否認しているところから見て社会常識上措信すべきでない掛田等の証言を採用して右約八畝歩を掛田が改めて上告人から借り受けたのは昭和二〇年四月頃であつた、従つて同年一一月二三日当時は右土地は小作地であつた旨を認定したことは違法であるというに帰するが、原審が右のとおり証拠を取捨判断してもそこに何等所論のような常識、経験則ないし採証法則に反する違法ありというを得ず、所論は結局原審の専権に属する証拠の取捨判断の非難に過ぎず上告適法の理由とならない。

論旨後段は無断転貸をいうが、原審の認定は初め無断転貸であつたものを昭和二〇年四月頃掛田が改めて上告人泰亮から内八畝二三歩を借り受けたというにあるから、所論は原審の認定にそわない事実関係を主張するものであるか又は、原審の証拠の取捨選択を非難するものに過ぎず上告適法の理由とならない。

同第三点について。

所論は要するに、若し原判決別表(28)字金山一五番の二畑六畝一二歩の桑葉の収穫よりも下作の収穫の方がまさつていたとすれば、地主がこれを無料で下作させる筈はないから、右土地を無料で下作させていたところから見ても、地主の桑葉の収穫の方が大であり、従つて右土地は地主である上告人が桑葉の収穫のために自作していた土地と認めるべきであるのに原審がこれに反する認定をしたのは採証法則に違反するというのである。けれども畑の桑葉の収穫よりも下作の収穫方がまさつている場合でも事情の如何により地主がこれを無料で下作させることはありえないことではない。ことに原審の事実認定によれば、右土地は他の二筆の土地とともに同一人に小作させ小作料も三筆につき一括して定められていたものと見られるので、かような事情の下では、そのうちの一筆だけは地主の桑葉の収穫よりも下作の収穫がまさつていてもこれを無料で下作させることは十分考えられる訳である。されば所論の点に関する原審の認定には所論のような違法があるものとはいえない。原審の証拠判断事実認定は相当であつて論旨は理由がない。

同第四点について。

しかし、証人伊藤一和の証言によつて原審認定のような事実認定をすることはできるのであるから、所論は原審の専権に属する証拠の取捨、事実認定の非難に帰し上告適法の理由とならない。甲一六号証は論旨の主張にそう記載のある菊地貞四郎の証明書であるが右は訴訟提起後証言回避の目的から作成された疑があるとみられうる文書であるから原審がこれを排斥したとしても採証法則に違反するものということはできないのは固よりである。論旨は理由がない。

同第五点について。

所論は要するに、甲三一号証(土地台帳謄本、昭和三〇年(ネ)一〇号記録七九丁)によれば、原判決別表(15)字四本松一三番の二田一反四畝一〇歩のうち初から畦畔八畝一八歩が含まれていたと認むべきでありかように一筆の土地の過半が畦畔で占められているような場合には土地台帳上畦畔の記載がない場合でも畦畔部分は農地面積中に算入すべきでない、また、土地台帳謄本として信用性のある右甲号証が提出された以上、反証なきかぎり、買収計画樹立当時の土地台帳に畦畔の記載があつたものと認めるべきであつて、乙二、六、九号各証(昭和二四年(行)五六号記録八二丁、同一四一丁、昭和三〇年(ネ)一〇号記録二七丁)は被上告人農業委員会の作成した調書に過ぎず到底右の反証として役立つものでないにかかわらず、原審が右乙各号証等を採用して漫然甲三一号証を排斥したことは立証責任を転倒し採証法則を誤まつたものである、というのである。

自作農創設特別措置法一〇条は「第三条、第六条及び前条の規定の適用については、農地の面積は、土地台帳に登録した当該農地の地積による」旨を規定するが、土地台帳自体は正規の手続を経て訂正を許される(土地台帳法三八条二項、同法施行細則一五条、八条、一二条二項)ものである以上、土地台帳に誤があるものとしてこれが正規の手続により訂正されたときは農地面積の計算については訂正後の新たな台帳によるべきであり、このことはその訂正が当該農地に関する訴訟の係属後になされたものであると否とによつて変りはない。右甲号証の土地台帳謄本(昭和三〇年一二月五日附盛岡地方法務局大原出張所法務事務官作成)には大字沖田字四本松一三番の二の田の地積欄に二反二二歩内畦畔八畝一八歩、摘要欄に昭和三〇年九月二一日地積訂正との各記載があり、上告人の主張によれば右地積訂正は別表(15)と(16)の二筆を合筆し地積訂正を行つた後の台帳謄本であるという。右訂正後の土地台帳の記載に従うとすれば右田のうち畦畔の占める割合は、その三分の一を超え得ることとなるから、一筆の農地の地積中にこの程度の過大の畦畔面積が含まれている場合には、保有小作地の面積を計算するについては、かような畦畔面積をすべて除外して計算するのを相当とする。そこで、もし原審の確定する保有小作地の総地積のうちから右畦畔の地積を除外して計算すれば、保有小作地の総地積は保有限度額に足りないことは明らかであるから、昭和二三年一一月一二日樹立にかかる第九期買収計画に基く買収(原判決別紙目録記載(8)(9)(10)の土地に関する分)処分は違法とならざるを得ない。

かように見ると、右の田について合筆・訂正が正規の手続によつて行われたものであるかどうか、原判決別表(15)(16)のうち畦畔の占める割合、畦畔を除外した残存面積等の点について原審が何等審理判断することなく、単に「甲三一号証の記載が事実に合致するかどうかについては何らの立証がない」との理由で同号証をしりぞけたのは審理不尽の違法があるものといわなければならない。論旨は、この点において理由があり、原判決中上告人小山泰亮に関する部分のうち別紙目録記載(8)(9)の土地に関する部分は破棄差戻を免れない。なお論旨は原判決中上告人小山ヤスに関する部分のいずれの点にいかなる法令違反があるかを具体的に主張するところがないから論旨中この部分は採ることができない。

よつて上告人小山泰亮の上告中主文第一項において破棄する部分を除くその余の部分および上告人小山ヤスの上告はいずれもこれを棄却すべきものとし、民訴三九六条、三八四条、四〇七条一項、九五条、八九条に従い裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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